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名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)432号 判決

原告

本明歌奈子

被告

新興運送株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金七六三万〇二一六円及びこれに対する平成八年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求

被告らは、各自原告に対し、金一一六二万三四二〇円及びこれに対する平成八年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記一1の交通事故を原因として、原告が被告らに対して、民法七〇九条、自賠法三条により損害賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 平成八年一月二九日午前一一時二〇分ころ

(二) 場所 名古屋市昭和区鶴舞一丁目一番六三号先路上

(三) 第一車両 被告青山紀明(以下「被告青山」という。)運転の普通貨物自動車

(四) 第二車両 亡伊藤千鶴子(以下「亡伊藤」という。)運転の自転車

(五) 事故態様 第一車両が車道上を、第二車両が歩道上を併走中、亡伊藤が車道側に倒れ込み、第一車両の左側面にその頭部を衝突させた。

(六) 傷害 亡伊藤は脳出血、脳挫傷の傷害を受け、平成九年一月一八日に死亡した。

2  責任原因

被告新興運送株式会社は、第一車両の保有者である。

3  当事者

原告は、亡伊藤の相続人である。

二  争点

1  被告らは、亡伊藤の転倒と第一車両の走行との間には相当因果関係がなく、被告青山には本件事故の予見可能性、回避可能性もないから被告らには責任がないと主張し、原告はこれを争う。

2  被告らは、仮に被告青山に過失があるとしても、原告の損害額を争うほか、過失相殺を主張する。

第三当裁判所の判断

(弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その記載を省略する。)

一  被告らの責任

甲第一、第二号証、乙第一号証、第五号証、前掲の争いのない事実によれば次の事実が認められ、これに反する被告青山本人尋問の結果は信用することができない。

1  本件事故現場付近は、歩車道の区別のあるほぼ南北に直線に伸びた道路である。車道は幅員六メートル、片側一車線であり、制限速度は四〇キロメートル毎時、追い越しのための右側部分はみ出し進行禁止の規制がなされている。歩道は幅員は一・五メートル前後であるが、本件事故現場の直前では車道側に高さ一メートルのガードポールが一本設置され、その近くの反対側にはコンクリート電柱が設置されて道幅が狭まっている。歩道は車道から二〇センチメートル前後高くなっており、歩車道の間にガードレールはない。歩車道とも本件事故現場の三〇メートル以上南側の丁字路付近から本件事故現場を経てその北側まで下り坂となっている。

2  被告青山は、本件事故現場付近を南から北へ走行中、本件事故現場から約三一メートル手前で、約二四・七メートル前方の歩道上にふらつきながら同方向に進行している亡伊藤の自転車(第二車両)を発見し、これに注目しながら約一六・六メートル走行したが、原告が車道に出てくることはないと考えて前方に視線を移してそのまま進行した。約一〇メートルほど走行したところ、約四・二メートル手前で亡伊藤の自転車が車道側に倒れて来るのを見たがなお進行を続け、約四メートル進行したあたりで衝突音を聞き、亡伊藤と第一車両が衝突したと考え急ブレーキをかけて停止した。停止後に第一車両後方の車道に亡伊藤が自転車ごと転倒していた。

3  第一車両の荷台左側面には、事故後、地上から約九〇センチメートルの位置に一か所、約六八センチメートルの位置に二か所のふきとり痕があり、高い位置のふきとり痕のあたりには亡伊藤のものと思われる毛髪が付着していた。

以上の事実によれば、被告青山は、亡伊藤の自転車が下り坂をふらつきながら走行しているのを見て、亡伊藤が車道に出てくる可能性があることを認識しながらそのすぐ脇の車道を漫然と進行して亡伊藤に追いつき、直前で亡伊藤が車道側に倒れて来るのを見ながらなお進行を続けて亡伊藤を追い越しにかかったところ、自転車ごと車道側に倒れた亡伊藤がその頭部を第一車両の左側面に打ち付けて衝突したものと認められる。したがって、被告青山が第一車両を徐行あるいは停止させることなく進行させて亡伊藤を追い越しにかかった行為と亡伊藤の転倒による第一車両との衝突とは相当因果関係があることが明らかであり、かつ、被告青山には亡伊藤が車道に倒れ込むことにつき予見可能性がある。また、本件事故現場付近は追い越しのための右側部分はみ出し禁止であるが、被告青山が亡伊藤を追い越すことなく徐行あるいは停止していれば衝突は回避することができたものと認められるから結果回避可能性も認められる。

二  過失相殺

前記認定の事実によれば、亡伊藤は第一車両が接近する以前からふらつきながら走行しており、その倒れ込みの直接の原因は亡伊藤自身がバランスを崩したものと認められるから、亡伊藤自身にも本件事故につき過失があることは明らかである。

しかしまた、前掲各証拠によれば、被告青山は本件事故現場の三〇メートル以上手前からふらつきながら走行している亡伊藤を認識しており、本件事故現場付近は下り坂であり、亡伊藤の進路である歩道は本件事故現場の直前で右にガードポール、左にコンクリート製電柱があって道幅が著しく狭まっていること、本件事故現場付近にはガードレールなどの歩道と車道を完全に隔てる設備がなく、歩車道には段差があることから、そのまま進行すれば亡伊藤のふらつきは車道内への進入、転倒につながることは容易に認識しうることがらであり、更には、本件事故現場の直前で亡伊藤が実際に車道側に倒れてくるのを見ているのにもかかわらず追い越しを開始しているのであるから、その過失は大きく、被告青山と亡伊藤の過失割合は七対三とするのが相当と認められる。

三  損害

1  治療費 一八六万三六二〇円(請求額同額)

亡伊藤の治療費総額が九六五万〇六六一円であり、このうち健康保険から支払われた額を控除した後の治療費が一八六万三六二〇円であることは当事者間に争いがない。

2  付添看護費 零円(請求 一八〇万〇五〇〇円)

甲第六、第二一号証によれば、原告は、本件事故当日(平成八年一月二九日)から亡伊藤の死亡(平成九年一月一八日)まで二七七日にわたり入院中の亡伊藤の身の回りの世話を尽くした事実が認められるけれども、その入院した病院はいずれも完全看護であって医師の身内による付添看護が別途必要であるとの判断があったものではなく、あくまで肉親の情に基づくものと認められ、実際も一日二、三時間程度の付添いにとどまるから、原告の付添看護費を別途に本件事故と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

なお、入院の初期に意識回復を促すために原告が呼びかけに努めたことなどの状況は亡伊藤の入院慰謝料で、紙おむつ等の雑費が入院期間全部を通じて嵩んだことは入院雑費でそれぞれ考慮する。

3  入院雑費 四二万七二〇〇円(請求額五三万四〇〇〇円)

甲第六号証、第八号証の一、二、第九、第二一号証及び弁論の全趣旨によれば、亡伊藤は、本件事故後名古屋市立東市民病院に六三日、棚橋病院に二九三日合計三五六日間入院していた事実及び雑費が嵩んだ状況が認められる。そこで、一日当たり一二〇〇円の入院雑費を相当と認め、四二万七二〇〇円が本件事故に相当因果関係にある損害と認めることができる。

4  症状固定までの休業損害 二〇九万一〇二〇円(請求額同額)

亡伊藤が本件事故当時定職を有し、その本件事故直前の一日当たりの平均収入が八三六五円であることは当事者間に争いがない。また、甲第七号証の三、第八号証の一、二によれば、本件事故による欠勤により亡伊藤の平成八年夏の賞与のうち一万六五〇〇円が減額されたこと、亡伊藤は平成八年一〇月二日に植物状態で症状固定と診断された事実が認められる。したがって、亡伊藤の本件事故後症状固定までの休業損害として二〇九万一〇二〇円が本件事故と相当因果関係にある損害として認められる。

8,365×248+16,500=2,091,020

5  逸失利益 一九六二万五三〇二円(請求額二六五五万九五四六円)

(一) 症状固定後死亡まで

右に認定のとおり、亡伊藤は平成八年一〇月二日に植物状態で症状固定となったから、同日から死亡までの逸失利益として九〇万三四二〇円が本件事故と相当因果関係にある損害として認められる。

8,365×108=903,420

(二) 死亡日以後

(1) 甲第四号証の四によれば亡伊藤は症状固定時六一歳であったことが認められる。そこで、就労可能年数を一〇年、生活費控除割合を三〇パーセントと認めるから、稼働による逸失利益は事故当時の金額に換算すると一六三二万四三七三円であり、同額が本件事故と相当因果関係にある損害として認められる。

8,365×365×70%×(8.590-0.952)=16,324,372.7

(2) 甲第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、伊藤は、死亡当時老齢厚生年金を年額七九万九五九六円支給されていたことが認められる。同年金は亡伊藤が生存することにより得べかりし利益であるから、亡伊藤の死亡による逸失利益と認めることができる。しかし、就労可能年数経過後は同年金のほとんどの部分が亡伊藤の生活費に当てられるであろうことに照らし、生活費控除割合を八〇パーセントとし、亡伊藤の死亡時から平均余命まで約二四年間の同年金の支給額に生活費控除割合を乗じ、これを事故当時の金額に換算すると、二三九万七五〇九円となり、同額が本件事故と相当因果関係にある損害として認められる。

799,596×(15.944-0.952)×20%=2,397,508.6

6  慰謝料 二三五〇万円(請求額二六九五万円)

(一) 入院慰謝料 三五〇万円(請求額三九五万円)

前記認定の入院の期間及びその間の症状に照らし、入院慰謝料は三五〇万円が相当と認められる。

(二) 死亡慰謝料 二〇〇〇万円(請求額二三〇〇万円)

弁論の全趣旨により認められる亡伊藤の年齢、家族構成、本件事故の状況等に照らし、死亡慰謝料は二〇〇〇万円が相当と認められる。

7  葬儀費用 一二〇万円(請求額同額)

亡伊藤の葬儀費用として一二〇万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害として認められる。

8  小計

以上の損害額を合計すると、四八七〇万七一四二円となる。

9  過失相殺

前記二で認定のとおり、亡伊藤の過失割合は三割とみるのが相当であるから、前記小計額から三割を控除すると、被告らが賠償すべき額は、三四〇九万四九九九円となる。

48,707,142×70%=34,094,999.4

10  損益相殺

甲第一四号証、第一五号証、第二二号証及び弁論の全趣旨によれば、亡伊藤の本件事故による傷害ないしは死亡により、自賠責保険から二四七九万六七三一円、被告らから内払金として五〇万円、健保本人負担分として六七万九〇六〇円合計一一七万九〇六〇円、社会保険の傷病手当金九八万八九九二円の支給を受けたことが認められる(合計二六九六万四七八三円)。そこで、前記賠償金額から右金額を控除すると、残額は、七一三万〇二一六円となる。

なお、被告は健康保険から支払われた治療費分を過失相殺後に控除すべきと主張するが、この治療費分は過失相殺前の実額損害から控除するのが相当であるから、結局、この治療費分は前掲の損害の治療費に計上して控除する取り扱いはしない。

11  弁護士費用 五〇万円(請求額一〇〇万円)

右に認定の賠償額に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用として五〇万円が相当である。

12  結論

以上によれば、原告の請求は、被告らに七六三万〇二一六円及び本件事故の日である平成八年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀内照美)

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